2008年01月23日

『最終回』【完治記:鬱病】

こんにちは、小太郎です。
鬱病完治記も最終回を迎えました。
お読みくださった方、有難うございます。
では続きを。

ロバートフォグリン『理性はどうしたって綱渡りです』★★★★★
【食事をしたり、バック・ギャモンをしたり、
 会話をしたり、友人と愉快なひとときを過ごす。
 そうして数時間を楽しく過ごした後、
 再びその(哲学的)思索に立ちかえろうとすると、
 それらは冷ややかなものに思われ、
 またわざとらしく、馬鹿げても見え、
 私はもうこれ以上
 この思索に踏み込もうという気持ちを失っている。】p171

【これらすべての(哲学的)問いに困惑し、
 私は、自分自身が、
 考えうるかぎりのもっとも嘆かわしい状況にあり、
 もっとも深い闇に囚われ、
 身体も、能力も、そのことごとくが
 奪い去られてしまったように思いはじめるのである。】p216

難解な思想と深遠な探求を
 私(D.ヒューム:イギリスの哲学者)は禁じる。
 禁を犯した者は、物思わしげな憂鬱に引き込まれ、
 果てしない不確かさに捉えられ、さらに思弁の成果と
 自称するものを人に伝えようとしても、
 ただ冷ややかな態度に出会う。
 それが、私が その者に厳しく与える罰である。
 
 哲学者たらんとせよ。
 だが、自らの哲学の只中において、なおも一人の人間であれ。】p218

サッカー長いな〜(笑)。
 まず一文目なのですが、哲学病解決の核心を突いていると思います。
 部屋にこもって思索に耽りそうになったら、
 すぐに部屋を飛び出し、とにかく体を動かす・楽しいことをする。
 脳の思考に生活を奪われない。これとても大事です。

 次、二文目。これは当時の小太郎の状況です。
 とにかく哲学思考にエネルギーを奪われ、
 全身が強制的に脱力してしまうんです。
 夕食のおかずを買いに、
 歩いて3分の西友に行くのも難儀で、
 部屋で、ご飯にしょうゆをかけて食べてました。もうやだ〜(悲しい顔)

 最後、三文目、最終的に小太郎はこの文章で救われました。
 なんでこの文章で救われたのかな・・・。
 この文章を綴ったDavid Humeという人物も
 若い時に、精神病(多分哲学のやりすぎだと思う)で
 苦しんだ経験があるんですね。

 Humeおじさん-wikiより引用
  David_Hume.jpg

 で、そこから立ち直って偉大な業績を残している。
 同じ病で苦しんだ人類の先輩からの、魂のこもったアドバイスだと
 多分当時の小太郎は、無意識で感じ取ったんでしょう。
 だから、部活後のポカリスエットのように、
 彼のアドバイスが全身に染み込んでいきました。
 もしHumeおじさん(1711-1776)が存命だったら、
 一晩哲学と人生について語り明かしたいです。
洋酒.gif

とまあそんなこんなで、小太郎の鬱病・哲学病は完治しました。
本当にあの時、自殺しなくて良かったと思います。
同じような病で苦しんでいる方は、コメント下さい。
一緒に語り合いませんか。
小太郎でした。ではでは〜。
 


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ニックネーム 小太郎 at 15:57| Comment(0) | 【うつ病完治記】

2008年01月23日

『第4回』【完治記:鬱病】

こんにちは、小太郎です。

それでは鬱病記録始めますね。
小太郎が助けられた文章群を紹介していきたいと思います。
お役立ち・で★マークつけていきます。

京極夏彦『鉄鼠の檻』★★
【生きながらにして
 脳の呪縛から解き放たれようとする法が禅なのだ】p747

テニスそう、まさに当時は
 脳の呪縛に閉じ込められていた感覚でした。
 どうしても頭の中で意味の無い言葉が
 朝から晩までグルグル回っている。
 その時にこの言葉に出会いました。
 お陰で言葉-ロジカルなものから
 脱皮しようとする禅の精神に多れる事ができ、
 かなり哲学病のダメージが軽減されました。手(チョキ)

渡仲幸利『新しいデカルト』★★★★
存在の根本原理に思いを凝らすことは、
(中略)かえって現実的に生きている人間にとっては「有害」だ、 
 それは危険でさえある、とまでいいだげなデカルトの声
】p66

【わたしを混乱から救うのが、そもそも懐疑の働きなのだから】p76

バスケットボール以前は考えて、考えて底の底まで考えて、
 根っこの部分を見出すことが
 日常生活において非常に大事だと考えていたんですね。
 でも、それも考える対象によりけり。
 考えるレベルが哲学的・抽象的な段階まで
 降りてきたら、ストップしないと
 頭の中が哲学的懐疑に占められて,日常生活を送れないよ、
 と教えてくれた一文でした。

伊勢田哲治『哲学思考トレーニング』★★★
【しかし、それと同時に哲学的懐疑主義は非常に破壊力があり、
 これを下手に素直に受け止めると、改築どころか、
 日常生活も科学の営みも何一つ残さず更地にしてしまいかねない】p105

【不毛な懐疑主義を避ける為には、
 「何を疑わないか」という決定が重要である。】p147

野球「何を疑わないか」に意識的になる。
 非常に重要な事だと思います。
 例えば「努力する事が良い事」「体に良い事は人生に必要」
 普通に人生を送っている人達にとって 
 当たり前の事は疑ってはいけないんですね。
 大勢の人に信じられているからこそ、皆の信条となっている。
 もちろん、例外はあります。
 話が大きくなりますが、中世ヨーロッパの十字軍とか。
 それでも真っ当な人間のコモンセンスを疑わない事が、
 人生をスムーズに送るコツなんだなと実感しました。

長くなったので、また次回に。あと一冊だけ紹介させてください。
小太郎でした。ではでは。



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ニックネーム 小太郎 at 15:18| Comment(0) | 【うつ病完治記】

2008年01月22日

『第3回』【完治記:鬱病】

こんにちは、小太郎です。
それでは、第3回目始めたいと思います。

このままでは家族を養えない。
将来子供を育てる事も出来ない。
家族@.jpg
非常に惨めな気持ちでした。
本当に地べたを這いずり待っているような毎日。
なんとかしなければと、切実に思いました。
「何かヒントが見つかるかもしれない」
体を引きずる思いで、必死に毎日国立国会図書館に出かけました。

国立国会図書館.jpg
(Wikiより)
何故か薬には頼りませんでした。語弊がありますが、
「向精神薬」無しに生活できなくなる事が、嫌だったのでしょう。

様々な脳・心理学・精神・宗教関連の本を読みました。
何冊読んだか正直わかりません。2ヶ月で100冊は読んだと思います。
どれもピンときませんでした。しかしある日やっと
哲学病から脱出の契機となる文章群を見つけました。
次回はそれらを紹介したいと思います。

小太郎でした。ではでは。



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ニックネーム 小太郎 at 14:04| Comment(0) | 【うつ病完治記】

2008年01月22日

『第2回』【完治記:鬱病】

こんにちは、小太郎です。
鬱病記の2回目になります。

そんなこんなで
相も変わらず2007年の11月頃まで
鬱病・哲学病に苦しんでいました。
お陰で、バイトも無断欠勤、会社も退職。
当時の周囲の人には、本当に迷惑をかけました。
布団にくるまって枕の端を噛みながら
「死にたい、死にたい」と考える昼夜逆転の日々。

当時は強迫観念が頭の中をグルグル回っていました。
本当に頭が重いんですね。なんて言えばいいか・・・。
真綿で包んだ鉄アレイを、頭の中にギュウギュウと
無理矢理詰め込まれたような感覚といったら、分かるでしょうか(笑)。
鉄アレイ.gif
でも、当時は本当に辛かったです。
毎日、脳という暗い牢獄に
足枷をつけて閉じ込めらている気分
でした。
牢獄.jpg

実は、当時の小太郎の状況を
的確に表現している文学作品があるのです。
症状に苦しんでいる当人は、かなりの有名人。
ヒント:キュウリが好きで、
    お猿さん・豚さん・お坊様とインドまで旅をしました。


そう、河童の沙悟浄(西遊記)です。
文学作品の名は『悟浄出世』中島敦です。
「これは正に自分のことだな」と
身につまされた箇所を引用しますね。        

「やれ、いたわしや。因果(いんが)な病にかかったものじゃ。この病にかかったが最後、百人のうち九十九人までは惨(みじ)めな一生を送らねばなりませぬぞ。元来、我々の中にはなかった病気じゃが、我々が人間を咋(く)うようになってから、我々の間にもごくまれに、これに侵される者が出てきたのじゃ。
この病に侵された者はな、すべての物事を素直に受取ることができぬ。
河童.gif
何を見ても、何に出会うても『なぜ?』とすぐに考える。究極の・正真正銘(しょうしんしょうめい)の・神様だけがご存じの『なぜ?』を考えようとするのじゃ。そんなことを思うては生き物は生きていけぬものじゃ。そんなことは考えぬというのが、この世の生き物の間の約束ではないか。
お地蔵様.gif
ことに始末に困るのは、この病人が『自分』というものに疑いをもつことじゃ。なぜ俺(おれ)は俺を俺と思うのか? 他(ほか)の者を俺と思うてもさしつかえなかろうに。俺とはいったいなんだ? こう考えはじめるのが、この病のいちばん悪い徴候(ちょうこう)じゃ。どうじゃ。当たりましたろうがの。お気の毒じゃが、この病には、薬もなければ、医者もない。自分で治(なお)すよりほかはないのじゃ。よほどの機縁に恵まれぬかぎり、まず、あんたの顔色のはれる時はありますまいて。」

長くなりそうなので、残りは第三回目に譲ります。
小太郎でした。ではでは。


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ニックネーム 小太郎 at 13:55| Comment(0) | 【うつ病完治記】

2008年01月22日

『第1回』【完治記:鬱病】

こんにちは、小太郎です。

今日は鬱病の話。
小太郎は、元鬱病患者でした。
上下.gif
何時発症したのか、思い出せないのですが、
ここ2,3年半年に一回のペースで発症していました。
小太郎の鬱病は特殊で、俗に言う『哲学病』でした。
別名『なんで病』とも言うかもしれません。
どういう症状かというと、
全てのことに疑問を感じてしまうんですね。

例を挙げると
@努力する事は良いことなの?良い事は人間にとって必要なの?
 必要って何?何って何?何がなんだか。(⇒悪循環)
Aあ〜このハンバーグ美味しいな。美味しいって本当に?
 なんで美味しいの?美味しいって何?
 こうやって突き詰めて考える事って大事?大事な事って人生に必要?
 (⇒悪循環)

書いてて頭が痛くなりました。今振り返ってみると、
普通の生活では考えられない事で悩んでたなあと
思いますが、当時は地獄の苦しみでした。

長くなりそうなので、次回に。
小太郎でした。ではでは。



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ニックネーム 小太郎 at 12:52| Comment(0) | 【うつ病完治記】